「飲める人ほど仕事ができる」「飲み会に出ない人は出世できない」——日本の職場では、こうした感覚が長く語られてきました。この感覚を後押しした出発点の一つは、2006年に米国で発表された「飲酒者の方が非飲酒者より年収が10〜14%高い」という研究です。ところがその後の再検証では、同じ著者自身による分析を含め、この関係を「飲酒が収入を押し上げる」という因果として支持する証拠は乏しいことが繰り返し示されてきました。詳しくは飲酒と年収・キャリアの研究を読むで整理した通りです。それでも「飲める人が評価される」という感覚が職場から消えないのはなぜか。この記事では、その感覚を支えている構造を、同質性・儀礼・情報格差という3つの軸から読み解きます。
この記事の要点
- 「飲酒者の方が年収が高い」という研究の因果関係は、その後の複数の再検証で裏付けが乏しいことが示されている
- にもかかわらず、業務外の飲み会を「キャリアに重要」と感じる人は一定数おり、特に若手層でその傾向が強いという民間調査もある
- 文化が残る背景には、似た人を評価しやすい心理、酒の場が信頼構築の儀式として機能してきた歴史、非公式な場でしか流れない情報という3つの構造が絡み合っている
- 内閣府は、非公式なネットワークに支えられた職場慣行を「男性中心型労働慣行」として変革の対象に位置づけている
- 一方で職場の飲み会頻度・習慣飲酒率は近年低下傾向にあり、文化そのものが変わりつつあるというデータもある
「飲める人が評価される」という通説を、まず研究で確認する
出発点になった2006年の米国の研究(Peters & Stringham)は、飲酒者の方が非飲酒者より収入が10〜14%多いという相関を報告し、「社交の場での飲酒が人脈を増やし、それが収入につながっている」という仮説を示しました。しかし同じ著者が2004年に個体固定効果モデルで再検証したところ、この差は統計的に有意でなくなり、2005年の別の論文ではむしろ「収入が増えると飲酒量が増える」という逆方向の因果の可能性が指摘されています。さらに一橋大学・東京大学を含む日本・台湾・韓国の共同研究チームが2023年に発表した研究では、遺伝的にお酒に強い体質の男性は飲酒量こそ多いものの、収入・労働時間には統計的な差が見られませんでした。体質という本人の意思とは無関係な要因を手がかりにしてもなお収入差が確認されなかったことは、「飲酒が収入を押し上げる」という因果関係を支持する証拠が乏しいことを示す、比較的説得力のある材料です。
それでも「飲み会は仕事に必要」と感じる人が多いのはなぜか
研究の裏付けが乏しいにもかかわらず、飲み会を仕事上のプラスと捉える感覚は根強く残っています。人材会社ハレガケが2024年11月29日、国内で働く23〜59歳のビジネスパーソン400人を対象に実施した調査では、職場の飲みニケーションへの賛成派41.8%に対し反対派58.3%と、反対が上回る結果になりました。一方で賛成派が挙げた理由の1位は「普段話せない人ともコミュニケーションが取れるから」で69.5%に達しており、飲み会そのものへの評価と、そこで得られる情報・関係への評価は分けて考える必要があることがうかがえます。
さらに、転職支援会社クライス&カンパニーが2026年3〜4月にハイクラス人材124人を対象に行った調査では、業務外の交流が「キャリアに重要」と答えた人が全体の9割に達し、20代に限ると100%が「重要」と回答しています。20代は他の年代より「キャリアや仕事のヒントが得られる」という回答も高く、若い世代ほど業務外の交流をキャリア形成の機会として前向きに捉えている傾向がうかがえます。因果関係を示す学術的な裏付けが乏しい一方で、当事者の感覚としては「参加した方が得な情報が回ってくる」という実感が今も生きている、という一見矛盾した状況がここにあります。
構造1 — 似た人を評価しやすい「同質性」と、酒の場に閉じた情報
この矛盾を読み解く手がかりの一つが、「オールド・ボーイズ・ネットワーク」と呼ばれる概念です。人事系メディアの解説によれば、これは飲み会やゴルフなど、特定の属性の人ばかりが集まる非公式な場を通じて仕事の情報や人脈が交換される構造を指します。この場に加われない人は情報や人脈づくりで後れを取りやすく、結果的に昇進・昇格の機会からも遠ざかりやすくなるとされています。評価する側とされる側が同じ非公式な場を共有しているほど、お互いを信頼しやすく、機会も回ってきやすいという構造です。
内閣府の『男女共同参画白書』(平成30年版)は、こうした非公式なネットワークに支えられた職場慣行を「男性中心型労働慣行」と位置づけ、その変革を課題として掲げています。この白書が直接扱っているのは主に女性の登用という文脈ですが、「同質的な集団の中でしか回らない情報がある」という構造そのものは、飲み会に参加しない人・参加できない人が感じる不利益とも重なります。飲めない体質の人が「付き合いで飲む」ことを選びやすい背景には、お酒との4つの向き合い方で扱った「背伸び酒」的な選択もありますが、その選択を後押ししているのは意志の弱さというより、この情報格差の構造だと考えられます。
構造2 — 酒の場は「信頼を確認する儀式」として機能してきた
もう一つの手がかりは、酒の場が歴史的に果たしてきた儀礼としての役割です。無礼講・式三献・乾杯 — 日本の「飲み方の作法」はいつ生まれたのかで整理した通り、室町時代に確立した武家の酒礼「式三献」は、主君と家臣が同じ盃を酌み交わすことで主従関係を確認・強化する儀式でした。一方、鎌倉時代末期の記録に現れる「無礼講」は、身分の上下を一時的に外す酒宴として機能していたとされています。場を平らにする酒と、序列を固める酒——この二つの機能は形を変えながら、現代の職場の飲み会にも引き継がれているように見えます。「飲みニケーション」という言葉自体は1980年代前半に登場した比較的新しい和製語ですが、酒の場に信頼構築や序列確認の役割を持たせるという発想そのものは、日本の飲酒文化の中で繰り返し形を変えてきた古い型だと言えます。
変わりつつあるデータ — 文化は本当に「昔のまま」なのか
同質性と儀礼という2つの構造が根強く残る一方で、実際のデータを見ると、この文化そのものが縮小しつつあることも確認できます。
| 指標 | データ | 出典 |
|---|---|---|
| 週3回以上の習慣飲酒者(男性) | 平成元年51.5%→令和元年33.9% | 厚生労働省 e-ヘルスネット |
| 「とりあえずビール」から頼む習慣がない | 40代以上の48.7% | NEXER 2025年調査 |
| 18〜34歳の飲酒率(米国) | 2023年59%→2025年50% | Gallup |
| 職場の飲みニケーションへの反対 | 23〜59歳の58.3% | ハレガケ 2024年11月調査 |
習慣飲酒者の減少や若い世代の飲酒率低下はZ世代はなぜ飲まないのかでも扱った国内外共通の傾向であり、職場の飲み会そのものへの反対がすでに賛成を上回っているというデータも合わせると、「飲める人が評価される」という感覚を支えてきた土台自体が、世代交代とともに縮んでいる可能性があります。経営層の中にも、飲酒を前提としない時間の使い方を選ぶ人が現れていることは、飲まない経営者たちの時間術で紹介した通りです。
飲めない・飲みたくない人は、どう向き合えばいいか
因果関係の裏付けが乏しいとはいえ、職場に同質性や儀礼の構造が残っている以上、飲み会への向き合い方に悩む場面は今も起こり得ます。断る理由を用意しておくことは、その場しのぎではなく、実用的な備えです。具体的な断り方は飲み会の断り方15選で扱っています。また、飲酒を強要されたり、断ったことで不利益を示唆されたりする場合は、個人の付き合い方の問題ではなくハラスメントの問題です。定義や対応の考え方はアルハラ(アルコールハラスメント)とはに整理しています。「とりあえずビール」に代表される一杯目の同調圧力についても、「とりあえずビール」はどこから来たのかで歴史的な背景を確認しておくと、その場の空気に流されず自分の一杯を選びやすくなります。
よくある質問
お酒が飲めないと出世できないのは本当ですか?
そうした因果関係を裏づける学術的な証拠は確認されていません。飲酒者と非飲酒者の収入差を示した2006年の研究は、その後の複数の再検証で裏付けが乏しいことが示されており、体質という本人の意思と無関係な要因を使った2023年の研究でも収入・労働時間に有意差は見られませんでした。
それなのになぜ飲み会が「大事」だと感じる人が多いのですか?
飲み会そのものの効果というより、そこで交わされる非公式な情報や人間関係が、参加者にとって実際に価値を持つ場合があるためだと考えられます。同質的な集団の中でしか回らない情報がある、という構造がある限り、参加した側が得をしたと感じる場面は起こり得ます。
飲み会に出ないと本当に情報や人脈で不利になりますか?
一律には言えませんが、非公式な場でしか共有されない情報がある職場では、そこに参加しない人が不利になりやすい構造は確かに存在します。内閣府もこうした非公式ネットワークに支えられた職場慣行を変革の課題として位置づけています。個人の努力だけで解消するのは難しく、職場側の情報共有のあり方も問われる問題です。
この文化はこれからも続くのでしょうか?
習慣飲酒率や若い世代の飲酒率の低下、職場の飲みニケーションへの反対の広がりなど、文化を支えてきた土台自体が縮んでいるデータがあります。同質性や儀礼という構造がすぐになくなるとは限りませんが、少なくとも「昔のまま」ではなく、世代交代とともに変わりつつある途中だと考えられます。
まとめ
「飲める人が評価される」という通説は、学術的な因果関係としては裏付けが乏しいというのが現時点での結論です。それでも文化が残っているのは、似た人を評価しやすい同質性、信頼構築の儀式として酒の場を使ってきた歴史、非公式な場でしか回らない情報という3つの構造が絡み合っているためだと考えられます。一方で習慣飲酒率や飲み会そのものへの支持は低下傾向にあり、文化を支えてきた土台は世代交代とともに縮んでいます。飲む人を敵にする必要はありませんが、「飲めないと評価されない」という感覚に不安を感じる場合は、その感覚の根拠がどこにあるのかを、この記事で見た構造に照らして考え直す価値があります。
参考文献
- Peters, B.L. & Stringham, E.P.「No Booze? You May Lose: Why Drinkers Earn More Money than Nondrinkers」Journal of Labor Research, 27(3), 2006年
- Kawaguchi, D., Lee, J., Lin, M.J. & Yokoyama, I.「Is Asian flushing syndrome a disadvantage in the labor market?」Health Economics, 32(7), 2023年
- 株式会社ハレガケ「職場での飲みニケーションに関する実態調査」(2024年11月29日、ビジネスパーソン400名対象) https://newscast.jp/news/4418396
- 株式会社クライス&カンパニー「ハイクラス人材に聞いた、職場の飲み会に関する意識調査」(2026年3〜4月、124名対象) https://www.kandc.com/news/news/10034/
- 内閣府男女共同参画局『男女共同参画白書』平成30年版 第2章「男性中心型労働慣行等の変革と女性の活躍」 https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h30/gaiyou/html/shisaku/ss02.html
- 『日本の人事部』「オールド・ボーイズ・ネットワークとは」 https://jinjibu.jp/keyword/detl/558/
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「わが国の飲酒パターンとアルコール関連問題の推移」 https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/alcohol/a-06-001.html
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、医療アドバイスではありません。飲酒による影響には個人差があり、本記事の内容がすべての方に当てはまるとは限りません。飲酒量のコントロールが難しいと感じる場合は、保健所・精神保健福祉センター・アルコール専門医療機関(減酒外来)など専門機関へのご相談をご検討ください。