「お酒を飲む人の方が年収が高い」という話を聞いたことがある人は多いはずです。実際、2006年に米国で発表された研究は、飲酒者が非飲酒者より10〜14%多く稼いでいると報告し、大きな話題になりました。しかしこの研究には、その後に発表された複数の反証・再検証があります。同じ著者自身が手法を変えて再分析したところ差が消えたという結果や、「稼ぐから飲む」という逆方向の因果を示唆する分析、体質の遺伝的な違いを利用した自然実験など、見方によって結論が変わる材料がそろっています。この記事では、「飲むと得か損か」を断定するのではなく、これらの研究を並べることで、相関と因果をどう切り分けて読むかという視点そのものを整理します。

この記事の要点

  • 米国の研究(Peters & Stringham, 2006年)は、飲酒者が非飲酒者より10〜14%収入が多く、バーに月1回以上通う人はさらに7%上乗せされると報告しました
  • しかし同じ著者ベサニー・ペータース氏自身が2004年に個体固定効果モデルで再検証したところ、このプレミアムは統計的に有意でなくなりました
  • ペータース氏はフィリップ・クック氏との共著論文(2005年)で、逆に「収入が増えると飲酒量が増える」という逆因果の可能性を指摘しています
  • 日本・台湾・韓国の研究者による2023年の共同研究は、遺伝的にお酒に強い体質かどうかで飲酒量に差はあっても、収入・労働時間には統計的な差が見られないと報告しました
  • 一方で多量飲酒・問題飲酒は、個人差を統制した分析でも失業や職場トラブルとの関連が確認されており、「軽い飲酒のプレミアム」と「重い飲酒のペナルティ」は別の話として扱う必要があります

「飲む人の方が年収が高い」という研究は本当にあるのか

まず、話題の出発点になった研究を確認します。経済学者のベサニー・ペータース氏とエドワード・スティリンガム氏が2006年に『Journal of Labor Research』誌に発表した論文「No Booze? You May Lose: Why Drinkers Earn More Money than Nondrinkers」は、米国の総合的社会調査(General Social Survey)のデータを使い、自己申告で飲酒すると答えた人は、飲酒しないと答えた人より10〜14%収入が多いという結果を報告しました。さらに、月1回以上バーに行くと答えた男性は、この飲酒者プレミアムに加えてさらに7%収入が高いという結果も示し、著者らは「社交の場での飲酒が人脈=社会関係資本を増やし、それが収入につながっている」という仮説を提示しています。

この論文はメディアでも「酒を飲む人の方が出世する」といった形で広く紹介されました。しかし、この結果は単純な相関を示したものであり、「飲酒が収入を増やす」という因果関係を証明したものではありません。著者ら自身も論文中でこの限界に触れています。

なぜ「相関」だけでは「因果」と言えないのか

「飲酒者は収入が多い」というデータそのものは事実だとしても、そこから「飲めば収入が増える」と結論づけるのは早計です。統計学・経済学の分野では、こうした相関関係を因果関係と取り違えないために、主に3つの可能性を検討します。

  1. 逆の因果: 「飲酒が収入を増やす」のではなく、「収入が多いから飲酒量が増える」という逆方向の関係かもしれない
  2. 交絡変数: 性格特性や職業選択など、飲酒と収入の両方に影響する第三の要因が隠れているかもしれない
  3. 選択バイアス: 分析対象になったサンプルの取り方自体に偏りがあり、見かけ上の関係が生まれているかもしれない

飲酒と年収の研究分野では、この3つすべてについて検証を試みた論文が実際に存在します。順番に見ていきます。

罠1: 逆の因果 — 「稼ぐから飲む」可能性

ペータース氏は、フィリップ・クック氏(デューク大学)との共著論文「The Myth of the Drinker's Bonus」(2005年、全米経済研究所NBERワーキングペーパー第11902号)で、自身が2006年の論文で報告した「飲酒者プレミアム」そのものに疑問を投げかけています。この論文では、酒税の変化を手がかりに飲酒量と労働供給の関係を分析し、飲酒者の収入が高いという相関は「アルコールが収入とともに消費量が増える通常の財(上級財)であることを反映しているだけで、飲酒が生産性を高めているわけではない」と結論づけました。つまり、「飲むから稼げる」のではなく「稼いでいるから飲む機会・量が増える」という逆方向の因果の可能性を示したことになります。

罠2: 見えない交絡変数 — 性格・職業が両方に影響している可能性

ペータース氏は単独論文「Is there a wage bonus from drinking? Unobserved heterogeneity examined」(2004年、Applied Economics誌)でも、2006年論文とは異なる手法で飲酒と収入の関係を再検証しています。ここでは「個体固定効果」という統計手法を使い、一人ひとりの観測されない個人差(性格・能力・家庭環境など、時間を通じて変わらない要因)を統制しました。その結果、単純な相関分析では有意だった飲酒者プレミアムが、個体固定効果を加えると統計的に有意でなくなったと報告しています。これは、「飲酒者と非飲酒者の収入差」の少なくとも一部が、飲酒そのものではなく、観測されない個人の特性の違いによって生じている可能性を示す結果です。

さらに近年の研究として、Xue Bai氏が2024年に『Health Economics』誌に発表した論文「Why do drinkers earn more? Job characteristics as a possible link」は、職業選択という交絡変数に着目しています。ストレスの大きい職業ほど給与水準が高く、同時に飲酒量を増やす傾向がある(あるいはもともと飲酒量の多い人を惹きつける)ため、「飲酒」と「高収入」の両方が「職業特性」という共通の原因から生まれている可能性を指摘しました。

遺伝子を使った「自然実験」でどこまで切り分けられるか

逆の因果や交絡変数の問題を避ける有力な方法の一つが、本人の意思では変えられない遺伝的な体質の違いを手がかりにする「自然実験」的な分析です。

一橋大学の横山泉氏、東京大学の川口大司氏を含む日本・韓国・台湾の共同研究チームは、2023年に『Health Economics』誌に論文「Is Asian flushing syndrome a disadvantage in the labor market?」を発表しました。この研究では、東アジア人に多い、飲酒すると顔が赤くなる体質(いわゆるアジアンフラッシュ、ALDH2遺伝子の型による)に着目し、日本・台湾・韓国の勤労男性を対象にアルコールパッチテストを実施して遺伝的な耐性の有無を判定しました。体質は生まれつき決まっており、本人の収入や職業選択によって後から変わるものではないため、逆の因果が起きにくいという利点があります。

分析の結果、遺伝的にお酒に強い体質の男性は、そうでない男性より飲酒の頻度・量ともに有意に多いことが確認された一方、両者の収入・労働時間には統計的に有意な差は見られませんでした。研究チームはこの結果について、日本の経済メディアの取材に対し「アルコールは健康状態の改善や所得向上のために飲むのではなく、個人の嗜好として楽しむべきもの」という趣旨のコメントを寄せています。体質という、意思や環境とは独立した要因を使ってもなお収入差が確認されなかったことは、「飲酒が収入を押し上げる」という因果関係を支持する証拠が乏しいことを示す、現時点で比較的説得力のある材料と言えます。

研究の比較でみる全体像

ここまで紹介した研究を整理すると、次のようになります。

研究著者・発表年手法結論
No Booze? You May LosePeters & Stringham, 2006年米国General Social Survey、単純な相関分析飲酒者は非飲酒者より収入が10〜14%多い(相関)
The Myth of the Drinker's BonusCook & Peters, 2005年(NBER)酒税を用いた分析収入増加が飲酒量を増やす逆因果の可能性
Is there a wage bonus from drinking?Peters, 2004年個体固定効果モデル個人差を統制すると収入差は有意でなくなる
Why do drinkers earn more?Bai, 2024年(Health Economics)職業特性を考慮した分析職業選択という交絡変数が関与している可能性
Is Asian flushing syndrome a disadvantage in the labor market?Kawaguchi, Lee, Lin & Yokoyama, 2023年(Health Economics)遺伝的体質(ALDH2)による自然実験飲酒量に差があっても収入・労働時間に有意差なし

同じ「飲酒と収入」というテーマでも、分析手法が変わるだけで結論が変わりうることが分かります。これは研究の質が低いという意味ではなく、社会科学において因果関係を特定することがいかに難しいかを示す典型例です。

多量飲酒・問題飲酒とキャリアの関係はどうか

ここまでは主に「軽度〜中程度の飲酒者」と「非飲酒者」の比較でしたが、多量飲酒・問題飲酒になると話が変わってきます。米国の経済学者マイケル・フレンチ氏らが2011年に『Applied Economics』誌に発表した研究「The morning after: alcohol misuse and employment problems」は、個体固定効果モデルを用いて個人差を統制した上でも、問題飲酒(アルコール乱用・依存)が上司や同僚との対立、失業と有意に関連していることを報告しています。具体的には、週間の多量飲酒は男性で2.8ポイント、女性で7.3ポイント、失業(1か月以上)の確率を高め、乱用と依存の両方が診断されたケースでは男性で4.6ポイント失業確率が上昇するとされています。

つまり、「軽く飲む人は非飲酒者と収入が変わらない、あるいはわずかに高い可能性がある」という研究群と、「多量に・問題のある形で飲む人はキャリア上のリスクが高まる」という研究群は、矛盾しているわけではなく、飲酒量に応じて関係が変わる別々の現象を指しています。二日酔いが翌日の仕事のパフォーマンスに与える影響については、二日酔いの生産性損失はいくらかで国内外の調査データを整理しています。

日本国内の相関データはあるか

日本国内でも、収入と飲酒頻度の関係を尋ねた調査は存在します。ワインバザールが2016年8月に20〜69歳の男女2,217名を対象に実施したインターネット調査によれば、年収100万円未満の層では「週1回以上飲む」人が37.5%だったのに対し、年収700万円台の層では74.1%まで上昇し、年収800万円台では「毎日飲む」人が44.4%に達しています。ただし、この調査は自己申告によるアンケートであり、飲酒量と収入のどちらが原因でどちらが結果かを検証する設計にはなっていません。ここまで見てきた学術研究と同様に、「収入が多いほど飲酒の機会・可処分所得が増える」という逆方向の説明も十分に成り立つ点には注意が必要です。

相関と因果を見分けるための3つの質問

「◯◯すると年収が上がる/下がる」という主張を見かけたとき、次の3つを自問すると、相関と因果を混同せずに読むことができます。

この記事で紹介した遺伝的体質を使った2023年の研究は、まさに3つ目の問いに答えようとした試みです。

キャリアや経営との関わりで語られるとき

「経営者は酒の席で人脈を築くべきだ」という語られ方をされることもありますが、これも本記事で見た「社会関係資本」仮説の延長線上にある主張です。公開情報で発言や経緯が確認できる経営者の実例については、飲まない経営者たちの時間術で紹介しています。また、若い世代の飲酒量が国内外で減少傾向にあることを示すデータは、Z世代はなぜ飲まないのかで整理しています。これらの動きと本記事の研究を合わせて読むと、「飲む/飲まない」という選択そのものが、キャリアの成否を直接左右する要因ではないという見立てに一定の説得力が出てきます。

SHIRAFUの立場

ここまで紹介してきた数字は、「飲んだ方が得」あるいは「やめた方が得」という結論を出すための道具ではありません。相関関係の研究にはそれぞれ限界があり、手法を変えれば結果も変わります。SHIRAFUは、こうした研究を「思考の道具」として紹介することで、読者が自分の状況に照らして飲む・飲まないを選べるようにすることを目的としています。数字を根拠に飲む人を貶めることも、飲まない人を貶めることも、この記事の目的ではありません。

よくある質問

飲酒すると年収が上がるというのは本当ですか?

2006年の米国の研究は、飲酒者の方が収入が10〜14%多いという相関を報告しました。しかし同じ著者による2004年の再検証や、日本・台湾・韓国の遺伝的体質を使った2023年の研究では、個人差を統制すると収入差が確認できなくなっています。「飲酒が収入を増やす」という因果関係を裏づける確立した証拠は、現時点ではありません。

お酒をやめると出世できなくなりますか?

そうした因果関係を示す学術研究は示されていません。本記事で紹介した研究の多くはむしろ、飲酒の有無そのものよりも、職業選択や個人の特性といった別の要因が収入に影響している可能性を示唆しています。

相関と因果はどう違うのですか?

相関は「AとBが同時に起きやすい」という関係を示すだけで、どちらが原因でどちらが結果かは分かりません。因果は「AがBを引き起こす」という一方向の関係です。飲酒と年収の例では、「飲酒→高収入」だけでなく「高収入→飲酒量増加」という逆方向の説明も成り立つため、相関だけから因果を断定できません。

遺伝子を使った研究はなぜ信頼度が高いのですか?

生まれつきの体質は、本人の収入や職業選択によって後から変わるものではないため、「収入が高いから飲酒量が増えた」という逆の因果が起きにくいという利点があります。2023年の日本・台湾・韓国の共同研究は、この体質差(ALDH2遺伝子型)を手がかりに、飲酒量に差があっても収入・労働時間には有意差がないことを確認しました。

大量に飲む人はキャリアにどんな影響がありますか?

米国の研究(French et al., 2011年)では、個人差を統制した分析でも、問題飲酒(乱用・依存)が失業や職場での対立と有意に関連していることが報告されています。軽度の飲酒者と非飲酒者の収入差についての研究とは別に、多量飲酒・問題飲酒がキャリア上のリスクと関連するという知見は、複数の研究で確認されています。

まとめ

「飲む人の方が年収が高い」という話は、2006年の米国の研究に由来しますが、その後に発表された研究の多くは、この相関を「飲酒の効果」として単純に読むことに慎重です。同じ著者自身による再検証で差が消えたこと、逆の因果を示唆する分析があること、職業や性格といった交絡変数の存在、そして遺伝的体質を使った自然実験で収入差が確認されなかったことは、いずれも「飲酒が収入を押し上げる」という因果関係を支持する証拠が乏しいことを示しています。一方で、多量飲酒・問題飲酒がキャリア上のリスクと関連するという知見は別に存在し、両者を混同すべきではありません。この記事で伝えたいのは「飲むべきか、やめるべきか」の答えではなく、こうした数字をどう読むかという視点そのものです。

参考文献

本記事は公開されている学術論文・報道の範囲で確認できた内容をもとに構成した考察記事であり、医療アドバイスではありません。飲酒量のコントロールが難しいと感じる場合は、保健所・精神保健福祉センター・アルコール専門医療機関(減酒外来)など専門機関へのご相談をご検討ください。