「その一杯、断っていいんです」——飲み会の場で交わされるこの一言に、法的な裏づけがあることをご存知でしょうか。「アルハラ」という言葉は広く知られるようになった一方、その定義や、断ることが権利として認められている根拠までを正確に知る機会は多くありません。この記事では、NPO法人ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)が定めるアルハラの5つの定義、職場のパワハラ防止指針との関係、イッキ飲みがもたらす実際の危険性を、確認できる一次資料に基づいて整理します。
この記事の要点
- アルハラは、ASKが「イッキ飲み防止連絡協議会」とともに定めた5つの行為類型として定義されている
- 職場での飲酒強要は、厚生労働省のパワハラ防止指針が定める3要素を満たせばパワーハラスメントに該当しうる
- 東京高裁平成25年2月27日判決では、上司による飲酒強要が不法行為と認定され150万円の賠償が命じられた
- イッキ飲みは血中アルコール濃度の急上昇を招き、最悪の場合は急性アルコール中毒で死亡する危険がある
- 断ることは「場を壊す行為」ではなく、体調・体質・意思を理由に誰もが行使できる正当な選択
アルハラとは何か — ASKによる5つの定義
アルハラ(アルコールハラスメント)とは、飲酒に関連して行われる人権侵害的な言動全般を指す言葉です。NPO法人ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)は、若者の急性アルコール中毒死が相次いだことを受けて設立された「イッキ飲み防止連絡協議会」とともに、アルハラを次の5つの行為類型として定義しています。
- 飲酒の強要——上下関係や部の伝統、集団によるはやしたてや罰ゲームなどで心理的な圧力をかけ、飲まざるをえない状況に追い込むこと
- イッキ飲ませ——場を盛り上げるためにイッキ飲みや早飲み競争などをさせること
- 意図的な酔いつぶし——酔いつぶすことを意図して飲み会を行うことで、傷害行為にあたりうる
- 飲めない人への配慮を欠くこと——本人の体質や意向を無視して飲酒を勧める、酒類以外の飲み物を用意しない、飲めないことをからかったり侮辱したりすること
- 酔ったうえでの迷惑行為——酔ってからむこと、悪ふざけ、暴言・暴力、セクハラなどのひんしゅく行為
この5項目からわかるのは、アルハラが「無理に飲ませること」だけを指すのではないという点です。体質的に飲めない人に酒類以外の選択肢を用意しないことや、飲めない事情をからかうことも、同じ定義の中に含まれています。日本人の約4割は、飲酒により顔が赤くなるなど「フラッシング反応」を起こしやすい体質を持つとされており、体質を理由に断ることは何ら特別な事情ではありません。「とりあえずビール」という一杯目の同調圧力がいまどう変わりつつあるかは、「とりあえずビール」はどこから来たのかで扱っています。
職場の飲酒強要は法的にどう扱われるか
アルハラという言葉自体に法律上の定義はありませんが、職場での飲酒強要は既存の法制度に照らして問題になりえます。厚生労働省の「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)は、職場のパワーハラスメントを、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの——この3要素をすべて満たすものと定義しています。上司という地位を背景に部下へ飲酒を求める行為は、この3要素に照らして判断されうる行為です。こうした強要が起こりやすい土壌には、「飲める人ほど評価される」という職場慣行そのものがあります。その慣行がなぜ根強く残るのかは、「飲めることが評価される」文化はなぜ残るのかで構造から整理しています。
実際に、飲酒強要が違法と認定された裁判例もあります。東京高裁平成25年2月27日判決では、仕事の反省会を兼ねた酒席で「飲めないんです。飲むと吐きますので、今日は勘弁してください」と断った社員に対し、上司が執拗に飲酒を要求し、嘔吐した後も飲酒を続けさせた事案について、裁判所はこれを単なる迷惑行為にとどまらず不法行為にあたると判断し、この行為を含む一連のパワハラについて150万円の賠償を命じました。断る意思をはっきり伝えても引き下がらない強要が、実際に司法の場で違法と判断された記録があることは、断る側にとって心強い前例です。
イッキ飲みの危険性 — なぜ「盛り上げ」のつもりが命に関わるのか
イッキ飲みが問題視される最大の理由は、単なるマナー違反ではなく、命に関わる急性の健康被害を引き起こしうるからです。厚生労働省のe-ヘルスネットによれば、イッキ飲みは短時間に大量もしくは高濃度のアルコールを摂取するため血中アルコール濃度が急上昇し、泥酔や昏睡状態に至ることがあり、最悪の場合は急性アルコール中毒で死亡することもあるとされています。血中アルコール濃度が0.3%を超えると泥酔期、0.4%を超えると昏睡期という危険な状態になり、死亡は呼吸・循環中枢の抑制、または嘔吐物による窒息が主な経路です。特に若年者・女性・高齢者、そして飲酒で顔が赤くなる体質の人はアルコールの分解が遅く、リスクが高いとされています。
こうした死亡事故が相次いだことが、アルハラという概念そのものが生まれた背景です。1991年、合同スキー合宿中にイッキ飲ませによって大学生が急性アルコール中毒で死亡した事故をきっかけに、遺族とASKの協力によって1992年に「イッキ飲み防止連絡協議会」が設立され、以来毎年、新歓コンパの時期に合わせた防止キャンペーンが続けられています。「盛り上げるため」という動機から始まる行為が、実際には参加者の命を奪う事故につながってきたという事実は、アルハラを軽い話題として扱えない理由を物語っています。
断る権利をどう行使するか
アルハラの定義と法的な位置づけを踏まえると、断ることは「場の空気を壊す行為」ではなく、誰もが行使できる正当な選択だとわかります。とはいえ、いざその場になると角の立たない言い方に迷うものです。乾杯の一杯目から自分のペースを保つ具体的な注文タイミングや所作は『乾杯だけ』問題の解き方で、シーン別にそのまま使えるフレーズは飲み会の断り方15選で詳しく紹介しています。理由を詳しく説明する必要はなく、「飲めないので」「今日はやめておきます」と一言添えるだけで十分です。それでも執拗に勧められる場合は、それがすでにアルハラの定義に該当する状況だと捉え、その場での我慢を続けるのではなく、周囲の同僚や上長、社内の相談窓口に事実を伝えることも選択肢に入れてください。
よくある質問
アルハラという言葉に法律上の定義はありますか?
「アルハラ」という言葉自体を定義した法律はありません。ただし、NPO法人ASKが「イッキ飲み防止連絡協議会」とともに5つの行為類型として定義しており、職場での飲酒強要は厚生労働省のパワハラ防止指針が定める3要素に照らして判断されうる行為です。
上司の酒を断ったら評価に響くのではと心配です
飲酒への対応と業務評価は本来切り離して考えられるべきものです。裁判例でも、断る意思を示したにもかかわらず執拗に飲酒を求める行為そのものが違法と判断されています。評価を理由に断りづらいと感じる場合こそ、体質や体調を理由に一言添えて断る言い方を用意しておくことが助けになります。
イッキ飲みをさせた側にも責任はありますか?
意図的に酔いつぶすことを目的とした飲み会や、イッキ飲みの強要は、それ自体がアルハラの定義に含まれる行為です。結果として急性アルコール中毒などの被害が生じた場合、強要した側の法的責任が問われる可能性があります。
まとめ
アルハラは「無理に飲ませること」だけでなく、飲めない人への配慮を欠くことや、酔ったうえでの迷惑行為までを含む、5つの行為類型として定義されています。職場での飲酒強要は厚生労働省のパワハラ防止指針に照らして判断されうる行為であり、実際に違法と認定された裁判例も存在します。そしてイッキ飲みは、盛り上げるための余興ではなく、命に関わる急性アルコール中毒につながりうる危険な行為です。断ることは、場や相手を否定することではなく、自分の体質・体調・意思を尊重する正当な選択です。「その一杯」を断る一言を、遠慮なく持っておいてください。
参考文献
- 特定非営利活動法人ASK「アルハラの定義5項目」https://www.ask.or.jp/article/527
- 特定非営利活動法人ASK「イッキ飲み防止連絡協議会とは」https://www.ask.or.jp/article/8735
- 厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf
- e-ヘルスネット(厚生労働省)「急性アルコール中毒」https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/alcohol/a-01-001.html
- e-ヘルスネット(厚生労働省)「一気飲み」https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/dictionary/alcohol/ya-010.html
- 弁護士法人リーガルスケープ ニューズレター「上司の部下に対する飲酒強要等をパワーハラスメントと認めた裁判例〜東京高裁平成25年2月27日判決〜」https://xn--alg-li9dki71toh.com/newsletter/vol-32/
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、医療アドバイス・法律アドバイスではありません。飲酒の強要や職場でのハラスメントに悩んでいる場合は、社内の相談窓口や労働局の総合労働相談コーナー、弁護士等の専門家にご相談ください。20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。