「ソバーキュリアス」という言葉を最初に使ったのは誰か。答えは、英国出身のジャーナリスト、ルビー・ウォリントン(Ruby Warrington)氏です。2018年12月31日にHarperOneから刊行された著書『Sober Curious』のタイトルとして世界に広まりましたが、本人はそれより2年以上前の2016年10月には、自身のブログですでにこの語を使っていたことが一次資料から確認できます。しかしこの言葉は、ある日突然生まれたわけではありません。その背景には、国家が飲酒を強制的にやめさせようとして13年で失敗したアメリカ禁酒法、1935年に始まった回復運動アルコホーリクス・アノニマス(AA)、そして2010年代に広まった期間限定の断酒チャレンジ「ドライジャニュアリー」という、約100年にわたる「飲まない」をめぐる試行錯誤の蓄積があります。この記事では、確認できる一次資料をたどりながら、「ソバーキュリアス」という言葉がどこから来て、どう世界に、そして日本に広がったのかを整理します。SHIRAFU自身が立っている足場の来歴を、正確に記録することが目的です。

この記事の要点

  • 「ソバーキュリアス」はルビー・ウォリントン氏が2018年12月31日刊行の著書タイトルとして世界に広めた言葉だが、本人のブログには2016年10月時点ですでに同語の使用が確認できる
  • 前史には、強制による断酒が13年で失敗した1920年代の禁酒法、1935年設立の回復運動AA(2021年時点で世界約197万人・12万455グループ)、2013年に公式キャンペーン化した英国発のドライジャニュアリーがある
  • ソバーキュリアスは「回復のための断酒」ではなく「選択としての飲まなさ」という新しい立ち位置を持ち、AAのような回復運動と役割が異なる、対立しない概念として位置づけられる
  • 日本には2021年10月に書籍が翻訳刊行され、2022年のスマドリ株式会社設立とあわせて言葉が広がった

「ソバーキュリアス」を最初に使ったのは誰か

ソバーキュリアスとはで紹介している通り、この言葉を世界に広めたのはルビー・ウォリントン氏です。ウォリントン氏は英国出身のジャーナリストで、英『サンデー・タイムズ・スタイル』誌のフィーチャーズ・エディターを経て、2013年にライフスタイルメディア「The Numinous」を立ち上げ、その後ニューヨーク・ブルックリンを拠点に活動しています。

本人が自身のメディアThe Numinousに2016年10月7日付で投稿した記事のタイトルは、そのものずばり「MY MYSTICAL LIFE: SHARING MY 'SOBER CURIOUS' STORY」でした。つまり、書籍『Sober Curious』が刊行される2018年12月31日より2年以上前に、ウォリントン氏はすでに自分の言葉として「sober curious」という表現を使っていたことになります。同記事によれば、彼女が自身の飲酒習慣を見つめ直し始めたきっかけは2010年に瞑想を学び始めたことで、そこから「6年ほどかけてゆっくりと習慣を手放していった」と振り返っています。

ウォリントン氏自身は、ソバーキュリアスの姿勢を「飲みたいという衝動、誘い、期待のひとつひとつに、なんとなく流されるのではなく、立ち止まって問い直してみること」と説明しています(amNewYork、2018年12月28日のインタビュー)。この定義には、後述するAAのような「全か無か」のアプローチとは異なる、グレーゾーンを許容する姿勢が表れています。

100年前、アメリカは「強制で飲むな」と命じた — 禁酒法の失敗

「飲まない」をめぐる言葉の系譜をたどるなら、まず振り返るべきは1920年から1933年まで13年間続いたアメリカの禁酒法です。憲法修正第18条とボルステッド法によって酒類の製造・販売・輸送が全国で禁止されたこの実験は、密造酒による健康被害や組織犯罪の肥大化を招き、1933年に憲法修正第21条によって撤回されました。この顛末はアメリカ禁酒法の13年間で詳しく検証していますが、ここで重要なのは、禁酒法が示したのが「国家による強制」という一つの極端な手法の限界だったという点です。歴史家ダニエル・オクレント氏が著書『Last Call』で総括した通り、禁じられたところでアメリカ人は飲む方法を見つけ続けました。強制は個人の飲酒という選択を長続きさせられなかったのです。

強制ではなく回復として — アルコホーリクス・アノニマス(AA)の誕生

禁酒法が撤回される2年前の1935年6月10日、まったく別の角度から「飲まない」に取り組む運動が生まれます。ニューヨークの株式仲買人ビル・W(Bill W.)氏と、オハイオ州アクロンの外科医ドクター・ボブ(Dr. Bob S.)氏、ともにアルコール依存に苦しんでいた2人がアクロンで出会い、互いに支え合うことで断酒を続けられることを発見しました。これがアルコホーリクス・アノニマス(AA、Alcoholics Anonymous)の始まりです。AA公式サイト(aa.org)によれば、2人はアクロン市立病院の患者にも働きかけ、この3人が最初のAAグループの核になったとされています。1939年には基本テキスト『Alcoholics Anonymous』(通称ビッグブック)が出版され、そこで示された「12ステップ」のプログラムが今日まで受け継がれています。

AA公式の会員数推計資料(Service Material from the General Service Office、2021年12月改訂版)によれば、1935年に2人だった会員数は、1950年には96,475人・3,527グループ、そして2021年時点では1,967,613人・120,455グループにまで成長し、約180の国と地域でAAの活動が確認されているとされています。ここで押さえておきたいのは、AAが掲げるのは「依存からの回復」であり、飲酒をコントロールできなくなった人が、断酒を続けるために仲間と支え合う仕組みだという点です。これは、次に見るソバーキュリアスが対象とする「飲める人が、あえて飲まないことを選ぶ」というテーマとは、出発点も対象も異なります。どちらが優れているという話ではなく、依存への対処という重い課題に90年にわたり取り組んできたAAの実績があったからこそ、その後に「もっと軽やかな飲まなさがあってもいいのではないか」という問いが生まれる土壌ができた、と捉えるのが妥当でしょう。

「1年に1ヶ月だけ」という発明 — ドライジャニュアリーの登場

「回復」でも「強制」でもない、期間限定の断酒という第三の形が登場するのは2010年代です。『飲まない文化』の新語辞典で詳しく整理している通り、英国の団体アルコール・コンサーン(現Alcohol Change UK)は2013年、「ドライジャニュアリー(Dry January)」として約4,000人規模の公式キャンペーンを立ち上げました。個人的なきっかけはさらに遡り、2011年に英国のエミリー・ロビンソン氏がハーフマラソン出走のトレーニングとして始めた1月の断酒がもとになったとされています。「Dry January」の名称は2014年に商標登録され、Alcohol Change UKによれば2025年には20万人以上が参加したと報告されています。

ドライジャニュアリーが重要なのは、「一生やめる」でも「治療として断つ」でもなく、「1ヶ月だけ試してみる」という、期間を区切った実験としての断酒を一般に広めた点です。この発想——「やめられるかどうか」ではなく「やってみたらどうなるか」という好奇心の枠組み——は、数年後にウォリントン氏が言語化する「ソバーキュリアス」の姿勢に、直接ではないにせよ、地続きの土壌を用意したと言えます。

ルビー・ウォリントンと「ソバーキュリアス」という言葉の誕生

ここまでの前史を踏まえたうえで、ウォリントン氏個人の歩みに戻ります。彼女自身の記述によれば、2010年に瞑想を学び始めたことをきっかけに自分の飲酒を見つめ直し始め、2015年2月にはニューヨークでAAのミーティングに初めて参加したとされています。AAの「全か無か」のアプローチには馴染まなかったものの、そこでの「仲間と分かち合う場」の価値には気づきがあったといいます。

この経験をもとに、ウォリントン氏は2016年、友人との内輪の集まりから始まる形で「Club SÖDA NYC」という定期イベントシリーズを立ち上げました。前述の2016年10月7日のブログ記事では、その年のうちにイベントとして定着しつつある様子が綴られており、同記事内では同年12月1日に次回イベントを開催する予定であることも記されています。断酒プログラムのような「治療の場」ではなく、「飲むこと・飲まないことについて、恥の意識なく話せる場」として設計されていた点が、この取り組みの特徴です。

こうした活動の集大成として、2018年12月31日、HarperOneから『Sober Curious: The Blissful Sleep, Greater Focus, Limitless Presence, and Deep Connection Awaiting Us All on the Other Side of Alcohol』が刊行されました。ウォリントン氏はamNewYorkのインタビュー(2018年12月28日)で、かつては週4〜5日、平日はワイン数杯、週末は飲みすぎるという飲み方が「まったく普通のこと」に見えていたと振り返っています。同書の刊行を機に、ニューヨークではアルコールを一切扱わない「ソーバーバー」やモクテル専門バーが登場するなど、ムーブメントとしての広がりが加速しました。

世界に広がった「選ぶ飲まなさ」— データで見る拡大

ソバーキュリアスという考え方の広がりは、複数のデータから裏付けられます。米国の世論調査機関ギャラップ(Gallup)の調査では、18〜34歳のうち「お酒を飲む」と回答した人の割合は2001〜2003年平均の72%から2021〜2023年平均には62%へ低下し、さらに2023年の59%から2025年には50%まで下がりました。米国成人全体で見ても、飲酒率は2023年の62%から2024年58%、2025年54%と3年連続で低下しており、これはギャラップが約90年にわたり実施してきた調査のなかでも過去最低の水準だと報告されています(詳しくはZ世代はなぜ飲まないのか)。

これと呼応する形で、ノンアルコール・機能性飲料の市場も拡大しています。市場調査会社NIQのデータでは、米国のノンアルコールのビール・ワイン・スピリッツの小売売上が2025年に約10億ドル規模に達したと報告されており、詳しい内訳はノンアルコール市場はなぜ伸びているのかで扱っています。この市場を代表するブランドの誕生時期も、ウォリントン氏の著書とほぼ同時期に集中しています。ノンアルコールクラフトビールのAthletic Brewing Companyは2017年、ヘッジファンドのトレーダーだったビル・シューフェルト(Bill Shufelt)氏とジョン・ウォーカー(John Walker)氏によって設立され、2018年に商業展開を開始、2024年初頭には米国の食料品店チャネルでハイネケン0.0やバドワイザー・ゼロを抜いて販売数量トップのノンアルコールビールブランドになったと報じられています。アダプトゲン配合の機能性ドリンクKin Euphoricsは2018年、Jen Batchelor氏と、代替食品ブランドSoylent共同創業者のMatthew Cauble氏によって設立され、2021年にはモデルのBella Hadid氏が共同創業者として参画しました(詳しくはKin Euphoricsとは)。

SNS上でも「#sobercurious」というハッシュタグが英語圏を中心に広がり、飲まない夜の過ごし方やモクテルのレシピが可視化されるようになったことが、言葉の定着を後押ししたと紹介されています。ここで確認しておきたいのは、これらの数字がいずれも「飲酒率の低下」と「代替飲料市場の拡大」という2つの独立した動きであり、両者の因果関係を厳密に証明する調査ではないという点です。それでも、飲酒率が下がる時期とソバーキュリアス文化・関連ブランドの誕生時期が重なっていることは、複数の一次資料から確認できます。

日本への到来 — 翻訳とスマドリ

「ソバーキュリアス」という語が日本語圏に本格的に入ってきたのは2021年です。同年10月29日、方丈社からウォリントン氏の著書の日本語訳『飲まない生き方 ソバーキュリアス』(翻訳: 永井二菜氏)が刊行されました。原著刊行から約3年後のことです。

翌2022年1月5日には、アサヒビール株式会社と株式会社電通デジタルの合弁で「スマドリ株式会社」が設立され、同年6月には体験施設「SUMADORI-BAR SHIBUYA」が渋谷にオープンしています。この「スマドリ」は特定企業の事業ブランド名であり、個人の飲酒観を表す「ソバーキュリアス」とは出所が異なる言葉ですが、両者がほぼ同時期に日本で認知され始めたことで、「飲まない・飲みすぎない」を語る語彙全体が一気に増えました。用語ごとの詳しい違いは『飲まない文化』の新語辞典で整理しています。

禁酒法からソバーキュリアスまで — 100年の流れ

ここまで辿ってきた流れを振り返ると、「飲まない」をめぐる社会的な形は、約100年のあいだに大きく3つの段階を経てきたことが見えてきます。1920年代の禁酒法は、国家が法律によって飲酒を一律に禁じようとした「強制」の時代でした。これは13年で失敗に終わり、酒と人類の通史で見たような、一万年以上にわたり人類が酒とともに歩んできた歴史のなかでも、稀有な例外だったと言えます。1935年に始まったAAは、依存に苦しむ人が仲間の支えとともに断酒を続けるという「回復」の枠組みを確立しました。そして2010年代のドライジャニュアリーと、2018年のウォリントン氏の著書によって言語化されたソバーキュリアスは、依存の有無にかかわらず、飲める人が自分の意思で「今日は飲まない」を選べるという「選択」の段階を切り開きました。

強制から回復へ、回復から選択へ。この順序は、どちらが優れているという優劣の物語ではありません。むしろ、強制が失敗し、回復という枠組みが90年かけて多くの人を支えてきたからこそ、その先に「病気でも道徳の問題でもなく、ただのライフスタイルの選択として飲まないことを選べる」という新しい段階が生まれる余地ができた、という積み重ねの物語です。SHIRAFUという言葉自体、ソバーキュリアスとはで述べている通り「我慢ではなく選択」を掲げていますが、それは禁酒法のような強制やAAのような回復の努力を軽んじるものではなく、その100年の歴史のうえに立っている、日本語圏での一つの実践だと私たちは考えています。

通史年表 — 一次資料で確認できる主な出来事

時期出来事出典
1920〜1933年アメリカ禁酒法(憲法修正第18条・ボルステッド法)、強制による断酒の実験が13年で失敗U.S. Constitution Annotated
1935年6月10日ビル・W氏とドクター・ボブ氏がアクロンで出会い、AA(アルコホーリクス・アノニマス)誕生AA公式サイト(aa.org)
1939年AAの基本テキスト『Alcoholics Anonymous』(ビッグブック)刊行、12ステップを提示AA公式サイト
2011年英国のエミリー・ロビンソン氏が個人的に1月の断酒(ドライジャニュアリーの原型)を開始Alcohol Change UK
2013年アルコール・コンサーン(現Alcohol Change UK)が約4,000人規模でドライジャニュアリーを公式キャンペーン化Alcohol Change UK
2016年10月7日ルビー・ウォリントン氏がブログThe Numinousで「sober curious」という語を使った記事を公開the-numinous.com
2017〜2018年Athletic Brewing Company(2017年設立)、Kin Euphorics(2018年設立)など米国の代表的ノンアルコール・機能性飲料ブランドが相次いで誕生各社プレスリリース・報道
2018年12月31日ウォリントン氏の著書『Sober Curious』がHarperOneより刊行HarperCollins
2021年10月29日日本語版『飲まない生き方 ソバーキュリアス』が方丈社より刊行方丈社・版元ドットコム
2022年1月5日アサヒビールと電通デジタルが「スマドリ株式会社」を設立電通デジタル ニュースリリース

よくある質問

「ソバーキュリアス」という言葉を最初に使ったのは誰ですか?

英国出身のジャーナリスト、ルビー・ウォリントン氏です。2018年12月31日刊行の著書『Sober Curious』のタイトルとして世界に広まりましたが、本人のブログThe Numinousには2016年10月7日の時点ですでに同語の使用が確認できます。

ソバーキュリアスとAA(アルコホーリクス・アノニマス)は同じものですか?

異なります。AAは1935年に設立された、依存に苦しむ人が仲間と支え合いながら断酒を続けるための回復プログラムです。ソバーキュリアスは、依存の有無にかかわらず「飲める人が、あえて飲まないことを選ぶ」という考え方で、出発点も対象も異なります。どちらが優れているという関係ではなく、役割が異なる2つの枠組みです。

ドライジャニュアリーとソバーキュリアスの関係は?

ドライジャニュアリーは英国発の「1月の1ヶ月間、断酒に挑戦する」キャンペーンで、2013年に公式に立ち上がりました。「期間を区切って試してみる」という実験的な発想は、その後ウォリントン氏が言語化するソバーキュリアスの姿勢と地続きの土壌になったと考えられますが、両者は別の出所を持つ、それぞれ独立した取り組みです。

日本には「ソバーキュリアス」はいつ頃から広まりましたか?

2021年10月29日に方丈社から日本語版『飲まない生き方 ソバーキュリアス』が刊行されたことが大きな転機です。翌2022年にはアサヒビールと電通デジタルによる「スマドリ株式会社」の設立もあり、「飲まない・飲みすぎない」を語る言葉が日本語圏でも増えていきました。

まとめ

参考文献

※本記事は公開されている一次資料・公式発表・報道記事に基づき、2026年7月時点で確認できた内容を整理したものです。年代や解釈は今後の研究で更新される可能性があります。