日本人女性がもっとも多くかかるがんは乳がんです。そしてお酒とがんの関連の中でも、乳がんは「少量の飲酒からも関連が報告されている」数少ない部位として知られています。ただし、これは「お酒を飲む人は乳がんになる」という意味ではありません。相対リスクの倍率だけを見ると数字が大きく見えますが、実際に何人にどれだけの変化が起きるかという絶対リスクで見ると、印象はかなり変わってきます。すでに乳がんと診断された方や、ご家族に経験者がいる方にとっても、過去の飲み方だけが原因になったわけではなく、飲酒は乳がんに関わる数ある要因のうちの一つに過ぎません。この記事では、少量域での関連を報告した代表的な研究、相対リスクと絶対リスクの違い、日本人女性のデータ、機序の仮説までを一次資料にもとづいて整理します。

この記事の要点

  • 53件の疫学研究を統合した2002年の解析では、1日10gのアルコール摂取あたり乳がんの相対リスクが7.1%上昇すると報告されています(Collaborative Group on Hormonal Factors in Breast Cancer, 2002)
  • 「◯%上昇」は相対リスクであり、実際に乳がんと診断される人数(絶対リスク)への影響は、もともとの罹患率をふまえて考える必要があります
  • 日本人女性15万8千人超を対象にした8コホートのプール解析では、閉経前の飲酒と乳がんに関連が確認された一方、閉経後では有意な関連は確認されていません(Iwase, Matsuo, Sawada, Inoue et al., 2021)
  • 乳がんの発症には初経年齢・出産歴・ホルモン療法など、飲酒以外にも確立した要因が複数あります
  • この記事は、これまでの飲み方を責めるためのものではありません

乳がんは日本人女性がもっとも多くかかるがん

国立がん研究センターの最新統計によれば、乳がんは女性の部位別がん罹患数で第1位です。2024年の推計罹患数は91,100例で、女性の全がんに占める割合は22%にのぼります。年齢階級別の累積罹患リスク(2020年の罹患・死亡データに基づく)を見ると、生涯で乳がんと診断される確率は10.6%、およそ9人に1人です。この記事で扱う飲酒との関連は、この大きな母数の上に乗る一つの要因として位置づけられます。

少量の飲酒でも関連が報告される理由

乳がんと飲酒の関連を語るうえで基礎になっているのが、Collaborative Group on Hormonal Factors in Breast Cancerが2002年にBritish Journal of Cancer誌に発表した統合再解析です。53件の疫学研究、乳がん症例58,515人・対照95,067人という大規模なデータを集め、1日10gのアルコール摂取あたり乳がんの相対リスクが7.1%上昇する(95%信頼区間5.5〜8.7%)という結果を報告しました。これは特定の飲酒量を超えたら急にリスクが上がるという「閾値」を示すものではなく、飲酒量が少ない範囲から連続的にリスクが上がっていく関係として報告されている点が特徴です。

その後、世界がん研究基金(WCRF)とアメリカがん研究協会(AICR)による継続的評価プロジェクト(Continuous Update Project)が、2017年発表・2018年改訂の乳がん報告書で、119件の研究・1200万人超の女性・26万例超の乳がん症例を対象に評価を更新しています。この報告書では、閉経前乳がんについては10研究・4,227症例のメタ解析で1日10gあたり相対リスク1.05倍(95%CI 1.02〜1.08)、閉経後乳がんについては22研究・35,221症例のメタ解析で1日10gあたり相対リスク1.09倍(95%CI 1.07〜1.12)という結果が示され、飲酒は閉経前乳がんの「おそらくの原因」、閉経後乳がんの「確実な原因」とそれぞれ評価されています。

対象・研究基準相対リスク(95%CI)出典
女性全体(53研究の統合解析)10g/日あたり1.071倍(7.1%上昇)Collaborative Group, Br J Cancer, 2002
閉経前(国際メタ解析)10g/日あたり1.05倍(1.02-1.08)WCRF/AICR CUP乳がん報告書, 2017/2018改訂(10研究・4,227例)
閉経後(国際メタ解析)10g/日あたり1.09倍(1.07-1.12)同上(22研究・35,221例)
閉経前・日本人女性(週5日以上)頻度基準1.37倍Iwase, Matsuo, Sawada, Inoue et al., Int J Cancer, 2021(8コホート・15万8千人)
閉経前・日本人女性(23g/日以上)量基準1.74倍同上
閉経後・日本人女性頻度・量とも有意な関連なし同上

「7%上昇」は実際どれくらいの変化か — 絶対リスクで考える

相対リスクの倍率だけを見ると不安が先立ちますが、これは「何を基準にした倍率か」を切り離して読む必要があります。国立がん研究センターの2021年の推計(JAPAN PAFプロジェクト)は、2015年時点の日本人女性の乳がんについて、罹患の6.4%・死亡の5.8%が飲酒に起因すると計算しました。ここで使われた相対リスクは1日10gあたり1.05倍(95%CI 0.98〜1.14)で、この信頼区間は1をまたいでおり、個人一人ひとりへの影響として統計的にはっきり言い切れる大きさの数字ではないことも合わせて押さえておく必要があります。裏を返せば、乳がん全体で見れば、飲酒以外の要因(加齢・遺伝・出産歴・ホルモン環境など)による部分の方がはるかに大きいということでもあります。すでに乳がんを経験した方やご家族が「あのとき飲んでいたから」と自分を責める必要はありません。飲酒は数ある要因の一つであり、単独で発症を決めるものではないからです。

日本人女性のデータは欧米と同じか

日本人女性を対象にした最大規模の研究は、国立がん研究センター・愛知県がんセンターなどのグループが2021年にInternational Journal of Cancer誌に発表した、8つのコホート研究(多目的コホート研究JPHC-I・JPHC-II、JACC研究、宮城県コホート研究、大崎国保コホート研究、三府県宮城コホート研究、三府県愛知コホート研究、放射線影響研究所寿命調査)によるプール解析です。30〜60代の女性15万8,164人を対象にしたこの解析では、閉経前乳がんについて、飲酒頻度が週5日以上のグループで1.37倍、飲酒量が1日23g以上のグループで1.74倍のリスク上昇が報告されました。一方、閉経後乳がんについては、飲酒頻度・飲酒量のいずれについても統計的に有意な関連は確認されていません。

これは、WCRF/AICRの国際メタ解析が閉経後乳がんを「確実な原因」、閉経前乳がんを「おそらくの原因」と評価しているのと、力点が逆になっている点で興味深いところです。なぜ日本人女性のデータで閉経後の関連がはっきり出ていないのかについて、確定した説明は一次資料からは確認できませんでした。飲酒量の分布や体格の違い、追跡された症例数の違いなど複数の可能性が考えられますが、現時点では推測の域を出ません。なお、食道がんとの関連で知られるALDH2(アセトアルデヒド分解酵素)の低活性体質(いわゆるフラッシング体質)については、乳がんとの間に統計的に有意な関連は確認されていません。体質とがんの関連全般についてはアルコールとがんで部位横断的に整理しています。

なぜ関連があるとされているのか — 仮説段階の機序

飲酒と乳がんを結びつける仕組みは一つに特定されておらず、複数の仮説が並行して研究されている段階です。米国国立がん研究所(NCI)は、研究者が提案している経路として、血中エストロゲン濃度の上昇、エタノールが分解されてできるアセトアルデヒド(ヒトへの発がん性がおそらくあるとされる物質)への曝露、葉酸の吸収や一炭素代謝への悪影響を通じたDNA損傷、活性酸素種の生成によるDNA・タンパク質・脂質への損傷を挙げています。WCRF/AICRの報告書も同様に、乳房組織そのものでもアルコールがアセトアルデヒドへ代謝されうること、遺伝的な代謝酵素(ADH・CYP2E1など)の個人差が関与しうることを紹介しつつ、これらの関係は「不確かで、おそらく複雑」だと明記しています。いずれも研究段階の仮説であり、どの経路がどの程度寄与するかを個人ごとに特定することはできません。

飲酒は乳がんの数ある要因の一つ — 過大評価しないために

お酒をやめれば乳がんにならないという意味では全くありません。WCRF/AICRの報告書は、飲酒と並んで、閉経後の体脂肪の多さ・成人期の体重増加・成人期の身長(発育期の要因を反映)を「確実な原因」に分類しており、これとは別に初経が早いこと・自然閉経が遅いこと・出産をしていないこと・30歳以降の初産・エストロゲンを含むホルモン療法・思春期の放射線被ばくなども、乳がんのリスクを高める確立した要因として知られています。飲酒はこれら複数の要因のうちの一つであり、単独で発症の有無を決めるものではありません。「少量の飲酒はむしろ健康によい」という通説そのものの成り立ちについては、『酒は百薬の長』は本当かで出典まで遡って検証しています。

減らせばリスクは下がるのか

IARC(国際がん研究機関)は2024年、飲酒の減量・中止とがんリスクの関係を評価した「がん予防ハンドブック第20A巻」を公表しました。この評価では、口腔・咽頭・喉頭・食道がんについては減量・中止がリスク低下につながる十分な証拠があるとされた一方、大腸・肝臓・女性の乳がんについては、現時点の証拠がまだ限定的と位置づけられています。IARCの分類やこの評価の詳細は別記事「アルコールとがん」で扱っているためそちらに譲りますが、乳がんに関しては「減らせば必ず下がる」と断定できるだけの証拠は、今回確認できた一次資料の範囲ではまだ確立していません。飲酒量を見直すこと自体は他の健康上の理由からも意味のある選択肢で、無理のない一歩の踏み出し方はゼロにしない減酒術で扱っています。

検診は飲酒の見直しの代わりにならない

厚生労働省の「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」は、乳がん検診の対象を40歳以上とし、原則2年に1回、マンモグラフィ(乳房エックス線検査)を中心とした検診を市区町村が実施するよう定めています。飲酒量を見直すことは乳がんに関わる要因を一つ減らす選択にはなりますが、検診を受けなくてよい理由にはなりません。飲酒習慣の有無にかかわらず、対象年齢になったら定期的な検診を受けることが早期発見の観点から重要です。自分の飲み方が気になる場合は、お酒の相談先マップで相談窓口を確認できます。

よくある質問

ワインなら乳がんのリスクは上がりませんか?

いいえ、お酒の種類による違いを裏づける確実な一次資料は確認できませんでした。WCRF/AICRの報告書ではビール・ワイン・スピリッツ別の分析も行われていますが、研究間で結果が割れており、種類を変えればリスクが避けられるという結論は導けません。関連の中心はエタノール(純アルコール)の量にあるとする分析が主流です。

1日1杯程度なら安全な範囲と言えますか?

「ここまでなら絶対に安全」と言い切れる閾値は、今回確認した一次資料からは見つかりませんでした。国際メタ解析は10g/日という少量の増分でも統計的に有意な相対リスク上昇を報告しています。ただし相対リスクの倍率は、絶対リスクで見れば飲酒以外の要因による影響の方が大きいことも合わせて理解しておく必要があります。

すでに乳がんと診断されました。飲んでいたことが原因でしょうか?

そうとは限りません。飲酒は乳がんに関わる数ある要因のうちの一つに過ぎず、初経年齢・出産歴・ホルモン環境・遺伝的要因など、他にも確立した要因が複数あります。個人の発症を特定の一つの生活習慣に単純に結びつけることはできません。

閉経前と閉経後で気をつけ方は違いますか?

国際的なメタ解析では閉経後乳がんへの関連がより明確に評価されている一方、日本人女性のデータでは閉経前の関連の方がはっきり報告され、閉経後は有意な関連が確認されていません。閉経期のホルモン変化と飲酒の関わりについては更年期とお酒の関係で別途整理しています。

まとめ

乳がんは日本人女性がもっとも多くかかるがんであり、飲酒との関連は少量域からも報告されている数少ないがんの一つです。国際的な統合解析では1日10gのアルコールあたり相対リスクが数%〜1割弱上昇すると報告されていますが、これは相対リスクであり、絶対リスクで見れば飲酒以外の要因による影響の方がはるかに大きいという事実も併せて理解する必要があります。日本人女性を対象にした大規模プール解析では閉経前の関連が確認された一方、閉経後は有意な関連が確認されておらず、欧米の評価とは力点が異なります。機序はエストロゲン・アセトアルデヒド・葉酸代謝など複数の仮説段階にとどまり、確立した要因の一つに過ぎない飲酒だけを過大に見る必要はありません。これまでの飲み方を責める話ではなく、これからの選択肢の一つとして役立てていただければと思います。

参考文献

免責事項

本記事は医療アドバイスではなく、集団を対象とした研究結果を整理したものです。個人の乳がん発症リスクの評価や検診・診断については、自己判断せず医師にご相談ください。すでに乳がんと診断された方やご家族を含め、過去の飲み方を責める意図はありません。20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。