「迎え酒をすると、なぜか少し楽になる」——そう感じたことがある人は少なくないはずです。この感覚自体は、思い込みではありません。ただし、そこで起きているのは二日酔いを「治している」ことではなく、症状が出る時間を「先送り」しているだけだというのが、体の仕組みから見た実際のところです。この記事では、迎え酒という言葉の由来から、なぜ一時的に楽になった気がするのかという神経の仕組み、そしてWHOの国際的な飲酒スクリーニングテストが朝の飲酒をどう位置づけているかまでを、一次資料に基づいて整理します。

この記事の要点

  • 迎え酒で「楽になった気がする」のは、アルコールが再び脳の抑制系を補うことで、離脱症状に近い不快感が一時的に和らぐためだと考えられます
  • ただし原因そのものは取り除かれておらず、アルコールが抜ければ同じ症状が再び現れる「先送り」にすぎません
  • WHOの飲酒スクリーニングテストAUDITは、10の設問のうち1問を「深酒の翌朝、体調を整えるための迎え酒をしなければならなかった頻度」に充てており、国際的に依存リスクのサインとして扱われています

迎え酒とは — 定義と語源

迎え酒は、デジタル大辞泉で「二日酔いの気分の悪いのを治すために飲む酒」と説明されている、日本語の慣用表現です。二日酔いで気分が悪い朝に、あえてもう一度お酒を飲んで症状をやわらげようとする行為、またはそのために飲む酒そのものを指します。

同じ発想は、日本語圏だけのものではありません。英語圏には「hair of the dog(犬の毛)」という、ほぼ同じ意味で使われる表現があります。Wikipediaの解説によれば、この言い回しの由来は「a hair of the dog that bit you(自分を噛んだ犬の毛)」という古い諺で、狂犬に噛まれた傷口に、その犬自身の毛を当てると悪い結果を防げるとするスコットランドの民間療法に由来するとされます。1898年に刊行されたBrewerの成句辞典にも、この諺がすでに記録されています。「同種のものが同種の害を治す」という考え方自体はさらに古く、古代ギリシャの医学にまでさかのぼるとされ、16世紀のフランスの作家ラブレーの作品にも早い用例が見られるといいます。1930年代のアメリカでは「Corpse Reviver(死者を蘇らせる者)」という名のカクテルがホテルのバーで提供されていたという記録もあり、二日酔いを酒で治そうとする発想は、洋の東西を問わず古くから存在してきたことがうかがえます。

言葉の成り立ちは違っても、日本語の「迎え酒」と英語の「hair of the dog」が指し示す行為はほぼ同じです。次の見出しでは、この行為がなぜ「効いた気がする」のか、体の中で何が起きているのかを見ていきます。

なぜ「楽になった気がする」のか — 離脱症状の一時的な緩和

飲酒を続けている間、脳の中では興奮を抑える神経伝達物質(GABA)の働きが強まり、逆に興奮を伝えるグルタミン酸系の働きは抑えられる方向にバランスが傾きます。ところが体内のアルコールが分解されて抜けていくと、この抑えられていたバランスが急に反転し、抑制が弱く興奮が強い状態が一時的に表面化します。これが、飲酒後に手の震え・発汗・不安・落ち着きのなさといった不快な感覚として現れる仕組みで、酒鬱とは?「ドーパミンの前借り」で読み解く、お酒と気分の関係で扱った、翌日の不安(hangxiety)とも共通する神経のリバウンド現象です。

迎え酒で再びアルコールを摂取すると、このアルコールが脳の抑制系を再び補うかたちになり、震えや不安といった不快な症状が一時的に和らぎます。「効いた気がする」という感覚は、この意味では錯覚ではなく、神経の働き方として実際に起きていることです。

ただし、ここで起きているのは症状の原因(体内からアルコールが抜けていくこと)を取り除くことではなく、抑制が反転するタイミングを先送りしているだけだという点が重要です。厚生労働省のe-ヘルスネットは、アルコール依存が進んだ状態について「(離脱)症状を止めるためにまた飲酒するという悪循環」に陥ると説明しています。再び摂取したアルコールも、いずれは体内で分解されていきます。アルコール分解時間の目安で扱ったとおり、分解の速さは体重や体質によって決まっており、迎え酒によって分解そのものが早まるわけではありません。アルコールが再び抜けきったとき、同じ離脱症状はまた戻ってきます。楽になったように感じた時間の分だけ、不快な状態が後ろにずれているにすぎない、というのが実際の構造です。

感じていること実際に体で起きていること
迎え酒を飲んだ直後震え・不安・気分の悪さが和らいだアルコールが脳の抑制系(GABA系)を再び補い、興奮系とのバランスが一時的に戻る
その後、時間が経つと再び体調が悪くなることがある追加したアルコールもいずれ分解され、抑制と興奮のバランスが再び反転する
繰り返した場合「これをやれば乗り切れる」という感覚が定着する耐性形成・精神依存・身体依存へと進む過程の一部になりうる

医学的な位置づけ — 朝の飲酒はAUDITの設問に入っている

この「症状を止めるために再び飲む」というパターンは、単なる俗習として片づけられているわけではありません。WHO(世界保健機関)が開発した国際的な飲酒スクリーニングテスト「AUDIT(Alcohol Use Disorders Identification Test)」は、過去1年間の飲み方を10の質問で評価する形式ですが、この10問のうち1問が、まさに迎え酒に相当する行動に充てられています。認定NPO法人ASKによる解説では、この設問は「過去1年間に、飲みすぎた翌朝、体調を整えるために迎え酒をしなければならなかったことが、どのくらいの頻度でありましたか」という内容だと紹介されています。AUDITの質問構成や採点方法、厚生労働省が示す判定区分の詳細は、AUDITとは?WHO開発の飲酒チェックで自分のリスクを知るで扱っています。

この設問がAUDITに組み込まれているという事実は、朝の迎え酒的な飲酒パターンが、単発の出来事ではなく依存の兆候の一つとして、国際的なスクリーニングの枠組みの中で扱われていることを意味します。ここで急いで付け加えておきたいのは、AUDITは確定診断のツールではなく、あくまで気づきのためのスクリーニングだという点です。この設問に心当たりがあるからといって、それだけで「依存症だ」と断定できるものではありません。それでも、この設問が10問という限られた枠の中にわざわざ含まれているという事実そのものが、朝の飲酒パターンを軽視すべきではない理由になっています。

AUDITは全10問の合計点でリスクを判定する仕組みで、迎え酒に関する設問単体で結果が決まるわけではありません。それでも、10問のうち何問がこの設問のように「コントロールの喪失」や「依存の兆候」を尋ねる内容に割かれているかを見ると、AUDIT全体が単なる飲酒量の多さだけでなく、飲み方のパターンそのものを評価しようとしていることが分かります。自分の合計スコアがどの区分に当たるかを具体的に確認したい場合は、AUDITとは?で採点方法と厚生労働省の判定区分を紹介しています。

迎え酒がやめられない時 — 習慣化のメカニズム

迎え酒が時々の出来事から習慣に変わっていく過程には、段階があります。e-ヘルスネットは、アルコール依存が進む過程を大きく3段階で説明しています。まず、同じ量を飲んでも効きにくくなる「耐性形成」が起こり、酒量が徐々に増えていきます。次に、酒が欲しいという欲求そのものが強くなる「精神依存」の段階に進みます。そして長期間の習慣的な飲酒の末に、飲酒を減らしたり止めたりすると離脱症状が現れる「身体依存」の段階に至るとされています。迎え酒が「たまにあること」から「ないと一日が始まらないこと」に変わっていくとしたら、それはこの3段階のどこかを進んでいるサインかもしれません。

酒鬱とはで扱った「ドーパミンの前借り」という考え方も、この習慣化と地続きです。飲酒による高揚感の後には、それを打ち消す方向の反応が生じ、この反応が飲酒を重ねるたびに完全には元に戻らず少しずつ積み重なっていくとされています。迎え酒は、この「前借り」をさらに上乗せする行為とも言え、その場をしのぐほど、後で清算しなければならない分は増えていく構造になっています。

大切なのは、ここまでの話が「迎え酒をする人を責めるための材料」ではないという点です。離脱症状による不快感は、意志の弱さの問題ではなく、体の中で実際に起きている生理的な反応です。ただ、その不快感を毎回同じ方法(再飲酒)で解消し続けているなら、それは体からの信号を先送りし続けているサインでもあります。朝の飲酒が習慣になっている、あるいはやめたいのにやめられないと感じる場合は、一人で抱え込まず、都道府県・政令指定都市に設置されている精神保健福祉センターや、e-ヘルスネットで案内されているような公的な相談窓口、アルコール専門外来・減酒外来などを選択肢に入れてみてください。

代わりにできること

朝の不快感そのものを、迎え酒以外の方法でやわらげる余地もあります。体内のアルコール分解に伴って水分やナトリウム・カリウムなどの電解質が失われやすいため、水や経口補水液で水分と電解質を補うこと、消化に負担の少ない食事を軽く摂ること、そして何より、体がアルコールを分解しきるまでの時間を待つことが基本になります。どれも症状を魔法のように消す方法ではありませんが、迎え酒のように新たな「借り」を作らずに、体が自力で回復していく過程を後押しする選択肢です。

横になって体を休めることも、意外と見落とされがちな選択肢です。震えや不安といった離脱症状に近い感覚は、動き回るよりも安静にしているほうが和らぎやすいとされています。カフェインや冷たいシャワーで無理に覚醒させようとするより、静かな場所で体を休め、水分を少しずつ補いながら時間の経過を待つほうが、体への負担は小さくて済みます。しんどい朝を毎回迎え酒でしのぐのではなく、まずは体を横にして休む、水分を摂る、時間を置くという選択肢があることを知っておくだけでも、次の朝の選び方は変わってくるはずです。

よくある質問

迎え酒をすると本当に二日酔いが軽くなりますか?

一時的には楽になったと感じることがあります。これはアルコールが脳の抑制系の働きを再び補うことで、震えや不安といった離脱症状に近い不快感が和らぐためだと考えられます。ただし原因そのものが解消されるわけではなく、再び摂取したアルコールが分解されれば、同じ不快感がまた現れます。

迎え酒は体に悪いのですか?

迎え酒そのものが特定の病気を直接引き起こすと結論づけた研究は、現時点で確認されていません。ただし、症状を先送りする対処を繰り返すことは、飲酒量の増加や依存の進行と結びつきうる習慣として、WHOのAUDITでも依存リスクを尋ねる設問の一つに位置づけられています。

「hair of the dog」と「迎え酒」は同じ意味ですか?

はい、ほぼ同じ意味で使われています。英語圏の「hair of the dog」は、二日酔いをやわらげるために再び飲酒することを指す表現で、日本語の「迎え酒」と対応します。由来は異なりますが、指し示す行為は共通しています。

朝からお酒を飲みたくなるのは依存症のサインですか?

それだけで依存症と断定できるものではありません。ただし、WHOのAUDITは過去1年間の飲み方を尋ねる10の設問のうち1問を、深酒の翌朝に迎え酒が必要だったかという内容に充てており、国際的に依存リスクの手がかりの一つとして扱われています。詳しい設問の構成はAUDITとは?で確認できます。

迎え酒がやめられないとき、どこに相談すればいいですか?

都道府県・政令指定都市の精神保健福祉センターや、アルコール専門外来・減酒外来などが相談先として利用できます。厚生労働省のe-ヘルスネットでも、依存が進んだ状態への理解と専門機関への相談の重要性が案内されています。一人で抱え込まず、まずは相談してみることをおすすめします。

まとめ

迎え酒で「楽になった気がする」のは思い込みではなく、アルコールが脳の抑制系を再び補うことで、離脱症状に近い不快感が一時的にやわらぐという、実際に起きている神経の反応です。ただしそれは症状の原因を取り除くことではなく、不快な状態が現れるタイミングを先送りしているにすぎません。日本語の「迎え酒」と英語の「hair of the dog」は、由来こそ違っても同じ行為を指す言葉として、それぞれの文化に古くから存在してきました。そしてこの朝の飲酒パターンは、WHOの飲酒スクリーニングテストAUDITが依存リスクを尋ねる設問の一つに位置づけているほど、医学的にも軽視されていません。迎え酒をする人を裁く話ではなく、体の仕組みを知れば次の朝の選び方が変わる、という話です。二日酔いへの対処全般は二日酔い対策で本当に効くのは何かで、そもそも悪酔いを防ぐ当日の飲み方は悪酔いしない飲み方で整理しています。

参考文献

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