スリップを何度も繰り返してしまうとき、多くの人はそれを自分の意志の弱さのせいだと考えがちですが、依存症の再発予防研究では、再発は特定の「高リスク状況」と結びついて起こりやすいパターンとして扱われています。1回のスリップからの立て直し手順は再飲酒(スリップ)は失敗じゃないで扱いましたが、この記事はそれとは別の角度から、なぜ同じパターンが繰り返されるのかを再発予防研究にもとづいて整理し、自己流の立て直しが難しくなってきたときに専門的な治療につなぐべき目安までをまとめます。
この記事の要点
- 再発は「負の感情状態」「対人葛藤」「社会的圧力」という高リスク状況と強く結びついており、これは意志の弱さの証拠ではなく研究で確認されているパターンです
- 生活の中で外的な負担と楽しみのバランスが崩れている状態が、繰り返しの土台になっていることがあります
- 依存症は医学的に認められた精神疾患であり、2016年の世論調査では約44%が誤って「意志の弱さ」が原因だと考えていました
- 断酒・減酒の達成までに複数回の試行を要する人は珍しくなく、繰り返すこと自体が失敗を意味するわけではありません
- 自己流の対処を重ねても改善しない場合や離脱症状がある場合は、外来治療プログラムや減酒外来など専門的な選択肢を検討する段階です
なぜ同じ場面で繰り返してしまうのか — 高リスク状況という考え方
心理学者G.アラン・マーラットらが体系化した再発予防(リラプス・プリベンション)モデルでは、再発は偶然起こるのではなく、特定の「高リスク状況」に置かれたときに起こりやすいことが整理されています。心理学者メアリー・ラリマーらによる研究の整理によれば、高リスク状況は大きく3つに分類されます。
| 高リスク状況の分類 | 具体的な内容 | 再発に占める割合の目安 |
|---|---|---|
| 負の感情状態 | 怒り・不安・落ち込み・イライラ・退屈など | 対人葛藤と合わせて再発の半数以上 |
| 対人葛藤 | 家族・パートナー・同僚など、他者との衝突 | 負の感情状態と合わせて再発の半数以上 |
| 社会的圧力 | 直接誘われる、断りづらい空気、周囲が飲んでいる場に居合わせる | 2割超 |
同じ研究の整理では、こうした高リスク状況に置かれたときに有効な対処行動(その場を離れる・考え方を切り替えるなど)を実行できるかどうかが、その後の展開を大きく左右するとされています。効果的な対処ができた経験は「自分にもできる」という自己効力感を高め、次の高リスク状況での再発リスクを下げる方向に働くとも整理されています。つまり、同じ場面で繰り返し飲んでしまうのは、その人の意志の強さの問題というより、その場面に対する対処の型がまだ身についていないことを示すサインとして捉えることができます。
一度のスリップと、繰り返すパターンは何が違うのか
同じ整理では、高リスク状況そのものだけでなく、その手前にある「潜在的前駆要因(covert antecedents)」の存在も指摘されています。中でも再発リスクと強く関連するとされるのが、生活の中で外的な負担(仕事・家事・介護など「やらなければならないこと」)と、内的に満たされる楽しみ(自分の意思で選ぶ活動)のバランスです。このバランスが崩れた状態が続くと、日常的なストレスの蓄積そのものが、高リスク状況に置かれたときの対処力を奪いやすくなります。
1回のスリップであれば、その場で飲酒を止め、状況を振り返ってルールを立て直すという単発の対応で立て直せることが多いものです。しかし繰り返しが続く場合は、個々の出来事だけを振り返るのではなく、どの高リスク状況に繰り返し当たっているか、生活の負担と楽しみのバランスがどこで崩れているかという、より長いスパンでのパターンを見る必要があります。
「意志が弱いから」ではない、という医学的な整理
依存症対策全国センターが公開しているeラーニング教材によれば、2016年に実施された世論調査では、回答者の約44%が「アルコール依存症になる原因は意志の弱さだ」と回答していました。しかし同センターは、依存症はうつ病や統合失調症などと同様に医学的に認められた精神疾患であり、本人の意志や性格に原因を求めるものではないと明確に説明しています。
厚生労働省の情報サイト・e-ヘルスネットも、習慣的な飲酒を続けることで耐性(同じ量では効かなくなる)、精神依存(酒を欲しくなる)、身体依存(酒が切れると症状が出る)という段階を経て依存が形成されるとしたうえで、飲酒を続けていれば誰にでも依存症になる可能性があるという考え方を示しています。意志の強さの差ではなく、アルコールという物質が持つ依存性の性質として説明されている点が重要です。
繰り返しそのものについても、心理学者ジョン・F・ケリーらによる米国の全国調査の分析では、アルコールや薬物の問題を解決するまでの試行回数は平均5.35回、中央値は2回だったと報告されています。何度も試みることは例外的な経過ではなく、多くの人がたどる過程の一部だと捉えることができます。
繰り返すパターンに気づいたら、何を記録すればいいか
パターンを見えるようにするには、1回ごとの出来事だけでなく、複数回のスリップを横並びで比較する記録が役立ちます。以下は、前述の高リスク状況の分類にそって振り返るときの視点の一例です。
| 振り返る視点 | 確認したいこと |
|---|---|
| 負の感情状態 | 直前にどんな感情があったか(怒り・不安・落ち込み・退屈など) |
| 対人葛藤 | 誰との、どんなやり取りがきっかけになったか |
| 社会的圧力 | 誘われた場面か、断りにくい空気があったか |
| 生活の負担バランス | その時期、休息や楽しみの時間がどれだけ確保できていたか |
複数回分をこの視点で並べてみると、「疲れがたまった週の金曜」「特定の相手との会話の後」など、自分にとっての典型的な高リスク状況が見えてくることがあります。衝動そのものが強くなった瞬間の対処法は「飲みたい衝動」を眺める技術で、気分の落ち込みと飲酒の関係については酒鬱とは?で、それぞれ扱っています。
専門的な治療につなぐべきタイミングの目安
自己流の振り返りとルールの立て直しを重ねても同じパターンが解消されない場合や、飲酒量・頻度が増えている、手の震え・発汗・不眠といった離脱症状がある場合は、意志の力だけで対応しようとせず、専門的な選択肢を検討する段階です。
久里浜医療センターの案内によれば、同センターのアルコール科は、比較的軽度のアルコール依存症者やさまざまな事情で入院が難しい人を対象にした外来治療プログラムと、飲みっぱなしや離脱症状は見られないものの依存症とまではいかない問題飲酒者を対象にしたプレアルコホリックプログラムを設けており、いずれも認知行動療法を中心に、飲酒につながりやすい考え方に気づき、それを変えていくアプローチをとっています。断酒を前提にせず飲酒量を減らすことを目標にできる減酒外来とは?という選択肢もあり、依存症の診断がついていない段階でも相談できます。自分の状態がどのあたりに当てはまるのか気になる場合は、アルコール依存症はどう診断される?で、診断の枠組みと実際に何を聞かれるのかを解説しています。
よくある質問
何度も繰り返すのは、断酒に向いていないということですか?
そうとは言えません。前述のケリーらの研究が示すように、断酒・減酒の達成までに複数回の試行を要する人は珍しくなく、繰り返すこと自体が向き不向きを表すものではありません。重要なのは、繰り返しのパターンから何を学び、次の対処にどう反映させるかです。
「高リスク状況」を避け続ければ再発は防げますか?
高リスク状況を避けることも一つの方法ですが、対人葛藤や社会的な場のように、完全に避けきれない状況も少なくありません。避けることに加えて、その場面に置かれたときの対処の型を身につけておくことが、より現実的な備え方だとされています。
減酒外来と依存症専門医療機関、何が違いますか?
減酒外来は飲酒量を減らすことを治療目標にできる外来で、断酒を前提にしない段階でも相談しやすい窓口です。依存症専門医療機関は、診断や入院を含むより本格的な治療プログラムを提供します。まずどちらに相談すべきか迷う場合は、軽い段階であれば減酒外来から、離脱症状などがある場合は依存症専門医療機関から検討するとよいでしょう。
一人で振り返るのがつらいときはどうすればいいですか?
一人で抱え込む必要はありません。保健所や精神保健福祉センターでは、繰り返しのパターンについても相談でき、地域の医療機関や自助グループの情報提供も受けられます。振り返りそのものを専門家と一緒に行うことも、有効な選択肢です。
まとめ
スリップを何度も繰り返してしまう背景には、負の感情状態・対人葛藤・社会的圧力という高リスク状況、そして生活の中の負担と楽しみのバランスの崩れという、研究で整理されたパターンがあります。これは意志の弱さの証拠ではなく、依存症対策全国センターや厚生労働省も、依存症を意志や性格の問題ではなく医学的な疾患として説明しています。複数回の試行を経て断酒・減酒に至る人は珍しくなく、繰り返すこと自体を失敗と結びつける必要はありません。自己流の対処を重ねても同じパターンが解消されない場合や離脱症状がある場合は、外来治療プログラムや減酒外来など、専門的な選択肢につなぐタイミングです。
参考文献
- Larimer ME, Palmer RS, Marlatt GA. "Relapse Prevention: An Overview of Marlatt's Cognitive-Behavioral Model." Alcohol Research and Health, 1999. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6760427/
- 依存症対策全国センター「依存症になるのは『意志が弱いから』?」(eラーニングで学ぼう 依存症の基本) https://www.ncasa-japan.jp/e-learning/basic/02-1.html
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「アルコール依存症」 https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/alcohol/a-05-001.html
- Kelly JF, et al. "How Many Recovery Attempts Does it Take to Successfully Resolve an Alcohol or Drug Problem? Estimates and Correlates From a National Study of Recovering U.S. Adults." Alcoholism: Clinical and Experimental Research, 2019. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31090945/
- 独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター「もしもスリップ(再飲酒、再使用、再ギャンブル)してしまったら」 https://www.ncasa-japan.jp/you-do/treatment-method/slip
- 久里浜医療センター「アルコール科(アルコール依存症治療):受診案内」 https://kurihama.hosp.go.jp/hospital/section/alcohol_info.html
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、診断や治療方針を示すものではありません。長期間・大量の飲酒が続いている場合、自己判断で急にお酒を断つと離脱症状が現れることがあります。手の震え・発汗・強い不安・けいれんなどがみられる場合は、自己判断で進めず医療機関にご相談ください。相談先には保健所・精神保健福祉センター・アルコール専門医療機関(減酒外来)などがあります。