「お酒は少しなら体にいい」という話を耳にしたことがある人は多いはずです。しかし脳に関しては、この数年で研究の潮目が変わってきています。中等量の飲酒でも海馬(記憶に関わる脳の部位)の萎縮リスクが高まるという30年追跡の研究や、1日1〜2杯程度の飲酒からでも脳の灰白質・白質の体積が減少するという3万人超の大規模データが相次いで報告されているのです。一方で、飲酒をやめれば脳の一部は回復するという報告もありますが、その確度には限界があります。この記事では、アルコールと脳の関係について、確認できた一次資料をもとに現在地を整理します。

この記事の要点

  • 30年追跡のWhitehall II研究では、週14〜21ユニット(純アルコール換算で1日16〜24g程度)の「中等量」飲酒でも、禁酒者に比べ海馬萎縮のオッズが3.4倍高かったと報告されています(Topiwala et al. 2017, BMJ)
  • 英国バイオバンクの36,678人を対象にした研究では、1日1→2ユニットへの飲酒量の増加で脳の灰白質体積が平均0.127標準偏差減少し、これは加齢2〜3年分の変化に相当すると報告されています(Daviet et al. 2022, Nature Communications)
  • 「少量の飲酒は脳や健康に良い」とするいわゆるJ字カーブ説は近年見直しが進み、WHOは2023年に「健康に安全な飲酒量はない」との立場を示しています
  • 断酒後に脳の一部領域が回復したとする報告はありますが、対象の多くはアルコール依存症の治療中の患者であり、回復は非線形かつ部分的にとどまるとされています
  • 記憶が飛ぶ「ブラックアウト」は、急激な血中アルコール濃度の上昇によって海馬の記憶固定機能が一時的に阻害されることで起きるとされています

「少量の飲酒は脳に良い」説は今どうなっているのか

かつて「少量の飲酒は健康に良い」とするいわゆるJ字カーブ論が広く知られていました。しかし、過去に飲酒していてやめた人を「非飲酒者」に含めてしまうバイアスなどを補正した研究が積み重なるにつれて、この説は国際的に見直しが進んでいます。WHOヨーロッパ地域事務局は2023年、「健康にとって安全な飲酒量はない」との声明を発表し、少量飲酒の保護効果を前提とした従来のガイドラインからの転換を示しました。

日本国内でも、厚生労働省が2024年に公表した「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」で、生活習慣病のリスクを高める量として1日あたり純アルコール男性40g以上・女性20g以上という目安を示す一方、高血圧や一部のがんなど、少量の飲酒でも発症リスクが上がるとされる疾患があることにも言及しています。少量飲酒の健康効果を積極的に主張する立場ではなく、量が少ないほどリスクは低くなるという相対的な見方に立っています。この点は断酒のメリット15でも整理した通りで、脳についても同じ流れの中で研究が進んでいます。

中等量の飲酒でも海馬は萎縮するのか — 30年追跡研究が示すもの

海馬は記憶の形成に深く関わる脳の部位です。オックスフォード大学のTopiwalaらが2017年に学術誌BMJに発表した研究は、この海馬とアルコールの関係を長期間にわたって追跡した点で注目されています。

この研究は、Whitehall II コホート研究の参加者550人(ベースライン時の平均年齢43歳)を対象に、1985年から2015年までの30年間、5年おきに飲酒量と認知機能を調査し、追跡終了時にMRIで脳を撮影したものです。結果、禁酒者と比較して、週14〜21ユニット(英国の1ユニット=純アルコール8g換算で1日あたり16〜24g程度、厚労省の男性リスク上昇目安である1日40gの半分前後)という「中等量」の飲酒者でも、右海馬萎縮のオッズが3.4倍(95%信頼区間1.4〜8.1、P=0.007)に上ったと報告されています。週30ユニットを超える「多量」飲酒者ではオッズ比5.8倍(95%信頼区間1.8〜18.6、P≤0.001)とさらに高くなりました。特筆すべきは、週1〜7ユニット未満の「少量」飲酒者においても、禁酒者に対する保護効果は見られなかった点です。また、飲酒量が多いほど言語流暢性(単語を思い出す速さ)の低下も速かったと報告されています。

脳全体で見ると、飲酒量と体積の関係はどうなっているのか

海馬だけでなく脳全体で見ても、同様の関連が大規模データで報告されています。ペンシルベニア大学のDavietらが2022年に学術誌Nature Communicationsに発表した研究は、英国バイオバンクの36,678人分のMRIデータを分析したものです。この研究では、1日の飲酒量が1ユニットから2ユニットに増えると脳の灰白質体積が平均0.127標準偏差、白質体積が0.074標準偏差減少し、2ユニットから3ユニットに増えるとさらに灰白質0.223標準偏差・白質0.129標準偏差減少すると報告されています。著者らはこの変化量を、加齢による脳の変化2〜3.5年分に相当すると位置づけています。なお0ユニットから1ユニットへの増加では明確な差が見られておらず、関係は直線的というより、ある量を境に影響が強まる非線形的なものだと分析されています。

同じく英国バイオバンクを対象に、Topiwalaらが2022年に学術誌NeuroImage: Clinicalに発表した研究(25,378人)でも、週7〜14ユニット(純アルコール56〜112g、1日8〜16g程度)という、英国の「低リスク」飲酒ガイドライン(週14ユニット未満)の範囲内にとどまる飲酒量からすでに灰白質体積の低下が見られたと報告されています。

研究対象・規模飲酒量の目安主な知見
Topiwala et al. 2017(BMJ)Whitehall II、550人、30年追跡週14〜21ユニット(1日約16〜24g)中等量でも右海馬萎縮のオッズ比3.4倍(禁酒者比)
Topiwala et al. 2022(NeuroImage: Clinical)英国バイオバンク、25,378人週7〜14ユニット(1日約8〜16g)英国の「低リスク」飲酒量の範囲内でも灰白質体積が低下
Daviet et al. 2022(Nature Communications)英国バイオバンク、36,678人1日1→2ユニットへの増加灰白質体積が平均0.127標準偏差減少(加齢2〜3年分相当)
Durazzo et al. 2015(Addiction Biology)アルコール依存症の治療患者、断酒1週間〜7.5カ月追跡断酒後の期間別測定前頭葉・頭頂葉などの灰白質体積が非線形に回復(対象は依存症患者)

いずれの研究も観察研究であり、飲酒以外の生活習慣の影響を完全には排除できない限界があります。ただし、規模の異なる複数の研究で同じ方向の結果が出ている点は、単一研究では得られない確からしさを持っています。

断酒すれば脳は元に戻るのか — 回復の確度を正直に読む

ここまでとは逆に「やめたらどうなるか」を見た研究もあります。Durazzoらが2015年に学術誌Addiction Biologyに発表した研究では、アルコール依存症で治療を受けている患者を対象に、断酒後1週間・1カ月・7.5カ月の時点でMRIによる脳容積の測定を行いました。その結果、前頭葉・頭頂葉・後頭葉の灰白質・白質、視床、小脳などで体積の増加が見られ、脳室の体積は減少したと報告されています。回復のペースは一定ではなく、断酒1週間〜1カ月の間の増加量が、1カ月〜7.5カ月の間の増加量より大きいという非線形の傾向が示されました。帯状回・眼窩前頭皮質・島皮質については、3カ月以上の断酒を維持した患者で部分的な回復が見られたとされています。

ここで正直に伝えておきたいのは、この研究の対象がアルコール依存症の治療を受けている患者であり、「お酒の量を減らしたい」「断酒に挑戦したい」と考えている一般的な読者層とは前提が異なるという点です。また、断酒による体積の回復が報告されている一方で、数カ月の断酒を経てもなお、アルコールの影響を受けたことがない人々に比べると脳容積が総じて低い水準にとどまるとする報告もあります。「断酒すれば脳は完全に元通りになる」と言い切れるだけの根拠は、現時点ではありません。

これとは別に、大学生155人を対象に6年間追跡したCarbiaらの2017年の研究(PLOS ONE)では、ビンジ飲酒(短時間の多量飲酒)を継続したグループが物語の再生記憶課題で成績低下(即時再生で約6%、遅延再生で約10%の低下)を示した一方、途中でビンジ飲酒をやめた「元ビンジ飲酒者」グループは、記憶課題の成績が非飲酒者に近い水準まで回復する傾向が見られたと報告されています。最終追跡時点のサンプル数は40人と小規模であり、断定的な結論を出すには慎重さが必要ですが、部分的な回復の可能性を示す一つの材料として参考になります。

記憶が「飛ぶ」— ブラックアウトはなぜ起きるのか

飲み会の後半の記憶がまったくない、あるいは断片的にしか思い出せない、いわゆる「ブラックアウト」を経験したことがある人もいるかもしれません。米国立アルコール乱用・依存症研究所(NIAAA)の解説によれば、ブラックアウトは血中アルコール濃度が急激に上昇したときに、海馬における短期記憶から長期記憶への変換(記憶の固定化)が一時的に阻害されることで起きるとされています。記憶が保存されず、飲酒後にどれだけ思い出そうとしても戻ってこないという点で、単なる「忘れっぽさ」とは異なる現象です。

ブラックアウトには、記憶が断片的に抜け落ちる「フラグメンタリー(部分的)ブラックアウト」と、その時間帯の記憶がまったく形成されない「エン・ブロック(完全)ブラックアウト」の2種類があるとされています。NIAAAの解説では、血中アルコール濃度が概ね0.16%前後(日本の酒気帯び運転の基準である0.03%の5倍以上に相当する高い水準)に達するとブラックアウトが起こりやすくなるとされ、空腹での飲酒や早いペースでの飲酒がリスクを高めるとも指摘されています。また、女性は体格や体内水分量の違いから同量の飲酒でも血中アルコール濃度が上がりやすく、ブラックアウトのリスクが相対的に高いとされています。

ブラックアウト自体は一過性の現象であり、1回経験したからといって直ちに脳が損傷するというものではありません。ただし前述のCarbiaらの研究が示すように、ブラックアウトを伴うような多量飲酒を繰り返すパターンが続いた場合、数年単位で記憶課題の成績に差が出てくる可能性は否定できません。

若い脳は、飲酒の影響を受けやすいのか

前述のCarbiaらの研究は、大学生という若年層を対象にしたものでした。10代後半から20代前半は脳が発達を続けている時期であり、この時期の多量飲酒パターンが記憶機能とどう関連するかを縦断的に追った点で、この研究は貴重な材料です。ただしサンプル数が最終的に40人程度と小規模なため、より大規模な追試が待たれる段階だと言えます。

一方、高齢期における飲酒と脳への影響の違いを直接比較した、規模の大きい一次研究は今回確認できませんでした。年齢によって影響の出方が異なる可能性は考えられますが、現時点で断定的な結論を出せるだけの根拠は持ち合わせていません。この点は今後の研究の蓄積を待つ必要がある領域です。

記憶や飲酒量が気になるときの相談先

本記事で紹介した研究は、いずれも観察研究や一部の患者集団を対象にしたものであり、「誰にでも当てはまる断定的な結論」を示すものではありません。とはいえ、記憶の欠落(ブラックアウト)を繰り返している、飲酒量が徐々に増えている、自分の意志だけでは飲酒量をコントロールしづらいと感じている場合、それは意志の弱さの問題ではなく、専門的なサポートが力になる領域です。保健所・精神保健福祉センター・アルコール専門医療機関(減酒外来)など、専門機関への相談を選択肢の一つとして持っておくことをおすすめします。SHIRAFUが目指すのは、我慢を強いることではなく、自分の脳と体の状態を正しく知った上で、より良い夜を選べるようにすることです。

なお、アルコールが睡眠の質を下げ、それが記憶の定着にも影響しうるという経路については寝酒と睡眠の科学で、断酒後に睡眠の質がどう変化していくかについては断酒後の睡眠の変化で詳しく解説しています。また、この記事が扱った中長期的な脳への影響とは別に、前夜の飲酒が翌日の注意力・記憶に与える短期的な影響については前夜の一杯が集中力を奪うでも取り上げています。

よくある質問

少しの飲酒でも脳は萎縮するのですか?

週14〜21ユニット(1日あたり純アルコール16〜24g程度)という中等量でも、海馬萎縮のオッズが有意に高かったとする研究があります(Topiwala et al. 2017)。「少量なら影響なし」と言い切れる十分な根拠は今のところなく、量に応じて影響が強まる関係が複数の研究で示されています。

断酒すれば脳は完全に元通りになりますか?

断酒後に脳の一部領域で体積が回復したとする報告はありますが(Durazzo et al. 2015)、対象の多くはアルコール依存症の治療中の患者で、回復は非線形かつ部分的だったとされています。「完全に元通りになる」と断定できるだけの根拠はなく、個人差も大きいと考えるのが妥当です。

ブラックアウトを何度も経験すると、脳にダメージが残りますか?

ブラックアウトそのものは急性の記憶固定阻害であり、1回ごとに脳が損傷するという意味ではありません。ただし若年層を対象にした追跡研究では、多量飲酒を続けたグループで数年後の記憶課題の成績低下が報告されており(Carbia et al. 2017)、繰り返しの多量飲酒が長期的な記憶機能に関連する可能性は否定できません。

若い人のほうがアルコールの影響を受けやすいのですか?

大学生を6年間追跡した研究では、ビンジ飲酒を続けたグループに記憶課題の成績低下が見られた一方、途中でやめたグループは同年代の非飲酒者に近い成績まで回復する傾向が見られました(Carbia et al. 2017)。ただしサンプル数が少ない研究であり、断定的な結論を出すには追加の研究が必要です。

高齢になってからの飲酒は脳への影響が大きいですか?

年齢による影響の違いを直接比較した大規模な一次研究は今回確認できておらず、現時点で確度の高い結論は出せません。加齢とともに体内の水分量や代謝が変化することは知られていますが、それが飲酒の脳への影響をどの程度左右するかについては、今後の研究を待つ必要があります。

まとめ

「少量の飲酒は脳に良い」という従来の見方は、バイアスを補正した研究の蓄積とともに見直しが進んでいます。30年追跡のWhitehall II研究や、3万人規模の英国バイオバンク研究は、中等量の飲酒でも海馬萎縮や脳の体積減少と関連する可能性を示しており、WHOも2023年に「安全な飲酒量はない」との立場を示しました。一方で、断酒後に脳の一部が回復するという報告もありますが、対象の多くは依存症患者であり、回復が部分的・非線形であることも合わせて押さえておく必要があります。記憶が飛ぶブラックアウトも、脳が発している一つのサインです。断定的な脅しではなく、確認できた研究の現在地を知った上で、自分にとっての「より良い夜」を選ぶための材料として、この記事を役立てていただければと思います。

参考文献

本記事は医療アドバイスではありません。飲酒量のコントロールが難しいと感じる場合や、記憶の欠落を繰り返している場合は、保健所・精神保健福祉センター・アルコール専門医療機関(減酒外来)など専門機関へのご相談をご検討ください。